
| ・3日 節分会 |
| ・3日 星まつり |
| ・15日 涅槃会 |
| ・21日 福徳稲荷大・午まつり |
| ・22日 聖徳太子年祭 |
当山の由緒ある「節分会・豆まき式」では、当山貫首大導師のもとに、除災招福、開運満足が祈願され、境内特設舞台において篤信の年男・年女によって追儺(ついな)の豆まき式がくりひろげられます。貫首の「福は内!」の第一声につづいて、福豆がいっせいにまかれます。
| 開催日 | 2008年2月3日(日) ※3回行います。 |
|---|---|
| 場所 | 川崎大師 境内特設舞台 |
| 募集 | 毎年、年男・年女を募集致します。 |
年男・年女の除災招福祈願
特設舞台からの豆まき式の様子
「星まつり」は、古来から行われてきた宗教的な行事であり、年の変わり目である節分の日に祈願するものであります。
弘法大師伝来の真言密教の秘法によって、その年の運命をつかさどるといわれる九種の「星」を供養することにより、
無事息災・一家繁栄・開運満足など諸願成就を祈願致します。
星供壇においての祈願
2月15日は、お釈迦さまがお亡くなりになった日であります。お釈迦さまは人生の四苦、すなわち生・老・病・死の苦しみから人々を救おうと心に決めておられました。
王子としてのそれまでの暮らしを捨て29歳の時に出家、苦行を積み重ね、35歳の時、菩提樹の下で悟りをひらかれました。
その後、いっさいの衆生を救うために、初めて鹿野苑で説法されました。以来45年、至る所で、多くの人々に仏法を説かれました。
お釈迦さまは80歳の時、クシナガラ城外の沙羅双樹の下で病の床に臥され、涅槃に入られました。お弟子をはじめ、人々は日月を失ったように悲しみ、生きとし生けるものみなも慟哭してなげき悲しみました。しかしお釈迦さまはお亡くなりになっても、その教えは永遠の真理として人々を導かれております。
涅槃会
不動堂の隣にまつられている「福徳稲荷」は、”お稲荷さん”として親しまれており、五穀豊穣、商売繁昌の守護神として多くのご信徒が参詣されます。
お稲荷さんの大祭は、ふつう初午の日におこなわれるのが一般的ですが、当山では、2月のご縁日・21日におこないます。
当日は境内特設舞台において神楽などの奉納がご覧いただけます。
稲荷堂へ続くご信徒の列
奉納神楽
「和をもって貴しとなす」ではじまる十七条憲法を制定された聖徳太子は、日本における仏教と文化の礎を築かれた偉人として慕い仰がれています。
当山では、正忌日にあたる2月22日に、そのご威徳をたたえる年祭法要を修行しています。
この法要には、川崎鳶工業連合会、川崎古式消防記念会の方々が参列し、法要後、若鳶会会員により「はしご乗り」が披露されます。
聖徳太子年祭法要
川崎若鳶会会員によるはしご乗り